私は約4年間(2013〜2017年)那珂川町を離れて日南市に住んでいました。日南市は宮崎県の南部に位置し、車で5時間ほどかかってしまう陸の孤島と言われるようなまちです。人口は約5万人ちょっと。那珂川市と同じ人口規模ですが、大きく違うのは人口が減少し続けていること。高齢化の波に寄る自然減(死亡数)が多いのはもちろん、近くに大学がないことから18〜19歳でまちを離れてしまい、そのまま戻らないということが要因で、年間700〜800人の人口減と言われています。
一方で、那珂川市。ご存知の通り人口が5万人を超えたことによって昨年「町から市へと」、いまどき非常に珍しい「合併を伴わない単独市制」を迎えました。
那珂川市の人口増を簡単に分析すると、大まかに以下の2点があげられます。
●まずは若い世代の転出入の流動人口が多く(年間2,500人程度の出入)平均年齢が若い(42歳前後)こと
●それに伴って自然増(出生数)が自然減を上回っていること
若い世代の転出入は福岡市から新幹線等でアクセスが容易で、住居の購入、賃貸の額も比較的安いというイメージからでしょう。
さて、この2つの人口5万人のまち。どちらのまちにも住んだ私から見て、どっちのまちに「未来」があるように見えたかと言うと・・・
怒らないでください(笑、人口が減少している日南市のほうに未来を感じたのです。
別に那珂川市(特に行政の方々)を否定しているわけではありません。「今の幸せ感」というより、「未来に向けた期待感」という部分で。
私が日南市にいた4年間は、「商店街の再生事業」にマネージャーとして関わっていました。猫すら歩かないと言われるほどシャッター街化した商店街を4年間で立て直そうというプロジェクト。はじまった当初は「こんな商店街よくなるはずがない」「絶対無理だ」いろんな厳しい声を多く聞きました。が、4年で20店以上のお店が新規オープンし、また東京からIT関連企業が次々と誘致され、百数十人の地元雇用が生まれるなど、国にも評価される地方創生のモデルタウンと呼ばれるまでになりました。
事業については、詳細は次のリンクなどをご覧ください。
この商店街再生の過程には私のような専門家や行政はだけでなく、多くの一般市民が「まちづくりへの意識」を持ち、市民の動きから生み出された小さな波が重なり合って次第に大きくなっていく。4年間の日南市での生活でそんな動きを肌で感じていました。
なんで日南市のひとたちってこんなに一生懸命なんだろう・・・
それは「まちの衰退への危機感」に他ならないと気づきました。
仕事から帰って寝るだけだった那珂川町にこんな動きってあっただろうか・・・
当時の私には那珂川町にそういったものを感じ取ることはできていませんでした。
全国的にみて、地方の人口減少は今後もどんどんと加速します。それを食い止める努力も必要ですがおそらく劇的に改善できるものではありません。人口減をしっかりと許容しながら豊かな未来を描いていかなければならないということが、いわゆる「地方創生」の基本的な考え方です。
「課題解決先進地」という言葉があります。実は、人口や経済の縮小が顕著に進んでいるまちだからこそ、市民が課題意識を強く持っていて「今のままではダメだ」「なんとかしなければ」という気持ちが芽生える。そういった地方こそ、これまでの考えを一新させ,新たな視点でのチャレンジ(課題解決)を全国に先駆けて取り組んでいる。という意味。
人口が増えている那珂川市ではどうだろうか、いや福岡市でさえも、今後はより厳しい状況に陥っていくでしょう。もし福岡市の人口や経済の縮小が顕著になってきたとすると、働く場を福岡市内に持つ多くの世帯が那珂川市を離れていって、スカスカの那珂川市になてしまうのではないでしょうか。多少極端な表現になっていますが、しかし私たちはそのような未来を意識して日々を送っているでしょうか。
そんな時代を想像してみると、いち早く対策を打ち、多くの経験とノウハウを蓄積している日南市は未来が明るいのではないか・・・課題に気づいておらず、これまでの考え方を引きずり、今の豊かに満足して過ごしている那珂川市って・・・未来はどうなるんだろう・・
私が、人口が増えて市になった那珂川市よりも人口が減り続ける日南市のほうに未来を感じた理由です。
ちょっと過激な表現になってしまいましたが、実はそんな那珂川市の課題について、少しでも認識してほしい!ということが今回の私がお伝えしたかったことです。
お楽しみに。
木藤亮太
株式会社油津応援団専務取締役、株式会社ホーホゥ代表取締役。
宮崎県日南市が実施した全国公募により、2013年7月よりテナントミックスサポートマネージャーとして、“猫さえ歩かない”と言われた油津商店街の再生事業に取組み、約4年で25を超える新規出店、企業誘致等を実現。その後は自らが育った福岡県那珂川市に拠点を移し「事業間連携専門官」に着任(2017年4月より)、株式会社ホーホゥを設立(2018年1月より)。その他、各地のまちづくりPJのアドバイザーを兼任するなど活動の幅を広げている。