皆さんこんにちは!
顔がナガオです!
最近、何故か、おでこか乾燥してざらざらしています。
これが本当のZARAですね!
と、一笑いとったところで、
ちょっと前の話になりますが、
年末年始に2冊の文庫本を買いました。
2冊とも、城山三郎さんが書いた、
『そうか、もう君はいないのか』
『少しだけ無理をして生きる』
という本です。
『そうか、もう君はいないのか』は、
城山さんが、城山さんの奥様のことをテーマに書いた本です。
奥様と出逢い、結婚して、作家である城山さんを支え、
そして、奥様が先に亡くなられるのですが、
奥様に対する思いにあふれた本です。
字も大きくて、ページもそこまでなくて読みやすいです。
最後のほうは感動して、少しだけ涙が出ました。
もう1つの『少しだけ無理をして生きる』
こちらは、今の日本を作り上げるために貢献した数々の偉人たちのことを、
章ごとに短くまとめた本です。
その中の一章に、「自ら計らわず」というものがあり、
その賞で出てきた、広田弘毅と言う人物に、非常に魅力を感じました。
広田弘毅さんは、福岡県初の総理大臣だそうです。
この、「自ら計らわず」という生き方に惹かれ、
最近、広田弘毅さんを主人公に描いた『落日燃ゆ』
という本を買い読みました。(これまた城山三郎さんの本です。)
広田さんの家業は石屋さんで、表札なども作っていたそうです。
小学生のころから字がうまかった広田さんは、
あるとき、天満宮の鳥居の石の表札を書かせてもらえることになりました。
これが、今のアクロス福岡の目の前にある水鏡天満宮にあります。
これです。
小学生の字とは思えない、豪快で、綺麗で、
思い切りのよい、バランスの取れた字です。
字がうまかったことから、家業をつかずに進学の道に進み、
外交官を経て、総理大臣になり、最後は外務大臣をされました。
外交官として、総理大臣として、
やるべきことを黙々とやり続ける広田さんの生き方は、
とても真似できないなと思いました。
当時としては、(今もかもしれませんが、)
首相を務める人は、名門出身の家系でないといけない、
という暗黙ルールがあったようですが、広田さんは石屋の息子。
当時の空気からは周りの反対もあったそうです。
広田さん自身も、「石屋の自分が引き受けていいのだろうか」
という気持ちがあったそうです。
そんな時、同期である吉田茂さん(のちの総理大臣)から、
「背広を着た男でないといけない」
と言われたことをきっかけに引き受ける気持ちになったそうです。
軍服が似合う男でもなく、モーニングが似合う男でもない。
背広が似合う男でないといけない。
当時の日本に求められていたのは、きちんと外交関係をやっていける人材、
つまり、軍人でもなく、お偉いさんでもなく、
背広を着た男なのだ、という意味が込められていたようです。
そこから、広田さんは、「自分は何を気負っていたのだ。
自分はただ背広を着た一人の人間に過ぎない。」
と思い直したそうです。
ここからも広田さんの謙虚でまっすぐな人柄を感じました。
最終的には、当時の軍人さん達とともに処刑をされて亡くなられています。
いろんな見方があるので、私として見解は無いのですが、
率直に、とても凄い方だったんだなと思いました。
「落日燃ゆ」、とてもいい本です。
広田さんのようになるには、まだまだ気合いが足りていませんが、
水鏡天満宮の「天満宮」の文字を見て、
せめてもう少し、じっくり丁寧に、字を書き始めた今日このごろです。
背広が似合う男になりたい男でした (^ ^)